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2005.12.29

スナフキンとミーの関係

ムーミン公式サイトのキャラクター紹介を見ていたら驚いた。


スナフキン
ミムラ夫人の息子で旅を好む自由人。ムーミントロールのよき理解者。
|冬になるとどこへともなく旅に出る。
| 
リトルミイ
ミムラ夫人の娘でスナフキンとは父違いの姉弟。思ったことは
|はっきりと言う性格。ムーミンやしきに住んでいる。
 


な、なんだってー!!


系図にすると、こんな感じ。

   最初(?)の夫
    │
    ├┬──ミムラ姉さん
    │└────リトルミイ
    │
   ミムラ夫人
    │
    ├───────スナフキン
    │
   2番目(?)の夫(ヨクサル,ムーミンパパの若いころの友人でもある)
 


スナフキンとミーが父違いの姉弟!
そしてミーのほうが年上!!


な、なんだってー!!! 

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2005.12.28

ガライヤ、中止?

自動車メーカーのリンク集のチェックをしようと思い、久しぶりにオートバックス・スポーツカー研究所(http://www.asl.info/)にアクセスしたら、ページが真っ白け。
IEの表示(V) → ソース(C)でソースを見たら、HPの中身を消してあることがわかった。

オートバックスオートバックスセブンからのリンクも見当たらないし・・・正式発売しないうちから突き抜けたか?

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2005.12.24

暗い夜道を照らすのは…

クリスマスの「真っ赤なお鼻のトナカイさん」の歌は、人間に例えると…

 暗い夜道はピカピカの~
 お前のハゲが~
 役に立つのさ~♪

…と言ってるようなものだ。

怒々山博士 by 諸星大二郎
(叡智の光で世界を照らしだす怒々山博士)

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2005.12.22

姉歯・毛の王国

読売新聞朝刊に、姉歯秀次・元1級建築士(48)の若い頃の写真が載っていた。 今のほうが髪が豊かだった(笑)。


キャッチーな替え歌、アネハネハ♪
> 東の島のマンションは~  どれでも名義がアネハネハ~
> コストやすいがややもろい~
> アネハネハ アネハネハ  アネハネハネハネハ~

「アネハネハ」で検索したら、姉歯公也さんという芸術家が「アネハネハ楽園国」なる個展の情報が出てきた。 迷惑なのか、それとも有名になれるいい機会なのか?

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2005.12.19

オピニオンリーダーK氏

「オピニオンリーダー」K保田T司夫さんの事を不意に思い出した。

私がK保田T司夫さん(以下K氏)を知ったのはパソコン通信時代の自動車の掲示板で、その頃のK氏の発言内容よりホンダの社員だったと記憶している。 ただし当時のK氏はROM(Read Only Member:読むだけで書かない人)ならぬWOM(Write Only Member:書くだけで他人の発言は全く読まない人)というスタイルを貫いていたため、実際のところは定かでない。

そんなK氏のHPを数年ぶりに見てみたら「K保田成長研究所」なる経営コンサルティング会社の代表としての肩書きが加えられていた。


opinion-k1
  企業(貴社)の売上/収益力を上昇させる
      ポジティブ・キャンペーン
      (ライバルに対しては ネガティブ・キャンペーンも)
          ネットワークの世界は得意ですよ。


…と、ネットワーク全盛の時流に余裕で対応済みのK氏。 メリハリの利いた明るい色使いで統一されたHPを熟読して「オピニオンリーダー」たるK氏の社会的位置づけと思想に共鳴できる経営者は、コンサルティングを依頼してみてはいかがだろうか。

なお、特記事項の8番には「貴社による一方的契約破棄においてオピニオンリーダーは貴社に対してのネガティブキャンペーンに転じる」とあるので、ご利用は計画的に…。

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2005.12.18

機械の円形

トヨタテクノミュージアム 産業技術記念館にて。
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2005.12.17

チャリメガネーズ Live

CHARIMEGANE/S(チャリメガネーズ)。
自転車とメガネをこよなく愛する、二人の男たち。
そんな彼らのセカンドアルバム限定発売記念ライブが神戸・元町のJames Blues Landで行なわれた。
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その名も「ニマイメ」と名づけられたCDのジャケットのイラストは、漫画家のF臣氏の手によるものだ。
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この美少年たちは、いったい誰デスカ?!(笑)

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2005.12.15

コブラ THE ARCADE

先月から「コブラ」のガンシューティングゲームがナムコ等のゲーセンに登場しているので、2回ほどやってみた。
ハイレグ水着のキャンギャル以上にキワドイ服装の女性型サイボーグ“死刑執行人”が恥じらうことなく目の前で大股を広げて蹴りを入れてくる構図はちょっとヤバイんじゃないかと思った(笑)。 もっとも、それをまじまじと眺める余裕なんてないけど・・・。
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「コブラ」は1977年に週刊少年ジャンプで連載が開始されたSFマンガで、作者(寺沢武一)のデビュー作でもある。
アメコミ調の雰囲気が漂うSFマンガで、劇場用映画やTVアニメにもなったほどの人気作。 主人公のコブラは一匹狼の宇宙海賊で、左腕の義手を外すとサイコガンが仕込まれている。 サイコガンは光線を曲折させることができ、物陰に隠れている敵さえ撃つ事ができる。 他には(光線銃全盛の時代にあって)拳銃を持っていたりする。
相棒はアーマロイド・レディ。 渋い女性型アーマロイドだ。
そして登場する女性たちはアメリカンサイズのグラマー美女が多く、必要以上に衣服の面積が少ない(←重要)。

CobraCardゲームの基本システムはナムコの“タイムクライシス”シリーズとほぼ同じで、ペダルを踏むと攻撃態勢,ペダルを放すと攻撃回避&拳銃に銃弾を補充する。
銃のトリガーを引きっぱなしにした状態で敵に照準が重なるとロックオンし、放すとサイコガン発射。 普通にトリガーを引くと拳銃を発射する。
サイコガンのおかげで動き回る複数の敵を狙い撃ちしなくても倒せてラクだが、原作の通りクリスタルボウイにはもちろんの事、ターベージのエネルギー反射衛星やアイアンヘッドの盾にはサイコガンは効かないので、拳銃も不可欠だ。
サイコガンのパワーアップは別売りのカードに保存できるので、200円もするけど買わざるを得ない(笑)。

それにしても昔好きだったマンガがこんな形で蘇ってきたのを見て、技術の進歩に感動してしまった。

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2005.12.13

トヨタのミュージックプレーヤー!?

今、トヨタのHPを見ると「12月26日、トヨタ、ミュージックプレーヤー発売!?」という怪しいニュースがある。

そこから表示されるFlashには、次期bBと思われる2BOXカーのシルエットが一瞬現れる。
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SOUND BLOG」なるブログには『TOYOTAから発売されるクルマ型ミュージックプレーヤーの謎に迫るSOUND BLOG!!!』とあるが、「クルマの形をしたiPod様の装置」ではなくて「音楽再生に気合を入れたクルマ」という意味と思われる。
モーターショーのbBコンセプトカーではセンターアームレストの先端に円形のコントローラーがあったので、運転しながらCDをスクラッチできるのかもしれない(笑)

初代bBのカタログはLPジャケット風だった。 次期bBはどんなのかな?

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2005.12.08

少女殺害事件でネウロが紹介

似【してき】
11月22日に広島で小学1年生の女の子が絞殺されて段ボール箱に入れられた姿で発見されるという痛ましい事件が発生した。
30日未明に逮捕されたY容疑者は12月01日に犯行を自供したが、犯人逮捕までの間にマンガ『魔人探偵脳噛ネウロ』との類似性を指摘する情報が寄せられ、『ネウロ』がTVや週刊誌で紹介されるという出来事があった。
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類似性を指摘されたのは『ネウロ』の作中に登場した「怪盗サイ(X・I)」。 遺体が入れられていたダンボール箱の封が細いテープで「XI」と読める形に貼られていた事が、人間をさらって“箱”に詰める「サイ」に類似している、という事らしい。
 
 
X【サイ】
「怪盗サイ」とは作中に登場する正体不明の犯罪者で「未知を表すX」と「不可視(インビジブル)を表すI」がその名の由来。 「monster robber X・I」すなわち「怪物強盗X・I」を略して「怪盗“X”(サイ)」と呼ばれている。
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「サイ」は美術品を盗む他に、人間をさらって“箱”に詰める。 箱はガラス製の立方体で、作り方は不明。 その中身は人体の原型を留めていないが、中身のDNAや重量はさらわれた人間と同じ。 その常軌を逸した行動ゆえ怪物として恐れられている。
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「サイ」の正体は、常に細胞が変異し続ける特殊な人間。 手錠を引きちぎる怪力を持ち、色々な年齢・人種・性別に変身できる。 しかし細胞が変異し続けるゆえに古い記憶がどんどん失われてゆき、自分自身の本当の姿も年齢も性別さえもわからないという気の毒な一面もある。
「サイ」は自分を知るために“他人の中身”を観察する。 美術品を盗むのは「作った奴の中身が全部詰まっている」から。 「サイ」が作る“箱”も「その人間の中身が全部詰まって」いる。 どちらも目的は同じ“観察”だ。
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報【メディア】
広島テレビのHPの11月29日付けのニュースでは、捜査本部に寄せられた情報として『テープの貼り方が同じような「少年漫画」があるという情報も複数寄せられている』と掲載されている。 同サイトで視聴できたニュースの動画では『「少年漫画と酷似」との情報も』というテロップが入っていた。
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これを「酷似」と呼ぶには、あまりにも無理がある。 「連想させる」程度が妥当だろう。

週刊文春12月8日号(12/1発売)では『広島あいりちゃん事件 殺人犯が現場に残した「XI」のメッセージ』と題して、『ネウロ』の簡単な説明と「犯行の手口について、ある漫画との類似性が囁かれている。」,「人をさらって殺し、箱の中に詰めるという強盗殺人犯が登場するが、その名前は「X・I」(サイ)。」などと紹介されていた。
他に、福島章・上智大学名誉教授(犯罪心理学)の分析として「その漫画のような種類の犯罪や倒錯的な表現というのは、探せばいくらでもあるんです。だから影響というのはあるのかも知れません。それとは無関係に、犯罪やセックスや死体など猟奇的な情報が、大人の読み物だけでなく少年誌にも登場する時代になっていますから、そういった表現法が氾濫している中で育ってしまった若者の犯罪かも知れませんね」というコメントが掲載されている。
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記事の中で作品について紹介しているところは良心的だが、「箱の中に詰めるという強盗殺人犯が登場する」と書きながら、あえて“箱”が似ても似つかぬ事を伏せているところに恣意的なものを感じる。
『殺人犯が現場に残した「XI」のメッセージ』という煽り文句も安易だ。 そもそも犯人がメッセージ性を持たせるような人物なら、対象が小学1年生とはいえ高さが26センチしかなく蓋もまともに閉められないような浅いダンボール箱を使ったりはしないだろう。

11月29日の日本テレビ「きょうの出来事」では、「ネウロの単行本3冊をボカシ入りで画面に出た」や「作中に犯人がテープをXIの形に貼るシーンがある、と放送された」という情報がある。 なお、作中ではテープは貼らないので当然そのようなシーンもない。
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質【クオリティ】
「2ちゃんねる」等の掲示板がある近年では、誰か一人が掲示板に書いた事が(それが善意であれ悪意であれ)複数の人間によって伝達されるため件数の「多さ」が「確度」や「品質」に必ずしも結びつかず、情報の受け手側には然るべき判断が求められる。
おそらくは事件発生初日のニュースを知った『ネウロ』読者の「サイを連想した」とか「事件と関係なければいいんだけど…」といった掲示板への書き込みが最初なのだろう。 それらが変形や複製を伴いながら一部で話題になり、捜査本部に寄せられ、一部のマスコミにも取り上げられた。

その一部のマスコミは「判断力が低い善意の慌て者」なのか、それとも「興味本位の悪意の複製者」と呼ぶべき者なのか・・・?
Y容疑者が逮捕されて事件と『ネウロ』も関係なさそうだし、(書いているうちに)すっかり日にちも経ってしまったので、それに関してここで書くことは放棄して、作中のセリフを借りて幕としておこう。
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『百年早いぞ 腐れマスコミ』
 
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余【おまけ】
★Y容疑者は外国人。 日本語が苦手で、日本のマンガも読めないようだ。 母国では1992年より少なくとも3回の少女暴行未遂事件を起こしており指名手配されている事が判明している。 偽造した書類を元に偽名のパスポートを取得して入国。 日系人らしいが、それも偽装の可能性が高い(単なる“外国人”より“日系人”の方が日本での就労活動が有利になる)。

★『ネウロ』作中には、「サイ」を信奉するあまり動物をガラスの箱に詰めている模倣犯のイカレた少年が登場している。 現実に出てこないことを祈るばかりだ。

★『ネウロ』作中に登場するスクープカメラマン「篠原」のセリフ。
    ↓
 カメラが捕らえる情報は… 所詮真実の欠片(かけら)だ
 もっと言うなら… 真実である必要すらない!!
 情報は俺の「眼」を通して初めて… 真実になるんだ
 材料となる情報さえあれば… 俺の「眼」は完璧な真実を造り出せる!!

篠原はハンディカムを片手に有名人を取材し、スキャンダラスな記事を造り出しては自殺に追いやっている。 早い話が一部捏造の偏向報道だが、奇しくも今回の件を思わせる部分もある。
先に引用した『百年早いぞ 腐れマスコミ』は、ネウロが彼らを「撮り殺し」に来た篠原を一蹴するときのセリフだ。

★漫画の画像は『魔人探偵脳噛ネウロ(第3巻)』より引用。 事件で紹介されてから、書店で手にとってみる人が増えたというウワサもある。

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2005.12.06

OSAKA 光のルネサンス 2005

大阪市役所の前を通ったらツリーが設置されていて、南側の通路などがイルミネーションで飾られていた。

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市役所の正面(西側)
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市役所の南側
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市役所の南側
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市役所の南側
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市役所の東側
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市役所の東側
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サンタに注意!

HPを確認したら、中之島の淀屋橋~天神橋にかけての区域で行なわれるらしい。 25日まで。


▽関連リンク
[ 光のルネサンス 2005 || 同 エリアマップ ]

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2005.12.01

奇談(キダン)4

映画【奇談(キダン)】の個人的な覚え書き&ツッコミ。 無駄に長い。

原作の概要は、隠れキリシタンの伝説『世界開始の科の御伝え』に興味を持って村を訪れた青少年Aと稗田礼二郎が、伝説の通りに「いんへるの(地獄)」に落とされている「じゅすへる(アダムとは別の、もう一人の人類の祖先)」の子孫たちが彼らのために現れた「きりんと(キリスト)」と共に「ぱらいそ(天国)」へと飛び立っていく奇蹟のシーンを目の前で目撃する』といったお話だ。

そして映画では、氏名不詳の青少年Aに替わってヒロインの佐伯里美(藤澤恵麻)が登場することになった。

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1972年。〔※1〕 民俗学を専攻する大学院生の里美は最近、巨大な穴と少年が登場する不思議な夢に悩まされていた。 やがて里美は16年前の小学1年生の時に東北の渡戸村で少年・新吉と共に行方不明になり、自分だけが戻ってきたことを思い出す。
専攻する民俗学と事件の記憶とを理由に渡戸村へ行く里美。 教会を見て当時の記憶が少しずつ蘇るなか、『世界開始の科の御伝え』なる隠れキリシタンの伝説の調査にやってきた異端の考古学者・稗田礼二郎(阿部 寛)と教会で出会う。〔※2〕
▽1
絶大なる演技力の低さで話題になった藤澤恵麻を起用したのは謎だったが、スクリーンで見る彼女の顔は1970年代前半という雰囲気にマッチしていた。 例えば同じ研究室の友人の方が好みだったが、ちょっと“今風”な顔だ。

▽2
「あの“ヒルコの里”の・・・?!」と驚く里美。 ヒルコ編の映画も作られるのだろうか? それとも沢田研二が主演だった映画を指しているのか?

渡戸村の奥には「はなれ」という集落があった。 村の人々が交流を避けている「はなれ」の住人たちは7歳程度の知能しか持っておらず、不死というウワサもあった。
そんな中、「はなれ」の善次が十字架に磔にされて殺されているのが発見される。 「はなれ」は重太ひとりを残して全員が姿を消していた。

渡戸村では昔から神隠しがたびたび起きていたが、姿を消すのは7歳の少年だという。〔※3〕
村には占い師か何かの老婆(草村礼子)とピアノを弾く謎の和服の女性(ちすん)が住んでいた。 この女性は、里美と少年が行方不明になる時に少し居合わせていたような事がわかっていく。〔※4〕
▽3
「7歳」というキーワードが曰くありげに語られるが、それについての説明が作中でされる事はなかった。

▽4
里美の記憶がだんだんと蘇ってくるというストーリー進行の一要素ではあるが、かなり蛇足。

やがて、里美と共に行方不明になったままの少年・新吉が7歳の姿で現れる。〔※5〕 彼は村人や里美と再会するが、肝心なことは何も語らない。
▽5
神隠しからどうやって抜け出してきたのか、そして何をしに来たのか、よくわからなかった。

『世界開始の科の御伝え』を紐解いていく稗田。 その伝説には「あだん」と「じゅすへる」という二人の人類の祖先が登場する。 「あだん」とは知恵の木の実を食べたアダムで我々の祖先としてお馴染みだが、もう一人の「じゅすへる」は生命の木の実を食べていた。 そして不死となった「じゅすへる」の子孫は神の呪いにより「いんへるの」に引き込まれ、「きりんと」が現れるまで苦しみ続けるという内容だ。
宿に泊まっている稗田と里美。 里美の前に忽然と姿を現しては消える新吉。〔※6〕 怖くなった里美は稗田の部屋に泊めてもらい、一夜を共にする。〔※7〕
▽6
ホラー映画のような、けたたましい音が鳴る。 これはホラー映画じゃないだろうに・・・

▽7
浴衣姿で布団に入る女子大学院生の里美と、それを気にも留めずに文献を読む事に集中している稗田。 ありがちなラブシーンを排したところは立派だ!
その分、稗田(阿部 寛)の入浴シーンでサービスしている(笑)。

「はなれ」を訪れた稗田と里美と教会の神父は、重太を追って洞窟にたどり着く。 洞窟の内部は広い空間で、床には大きく四角い穴が開いている。 その向こうに立つ謎の3人の人物。 「さんじゅわんさま!」と重太が叫ぶ。 続いて稗田が「さんじゅわんだと?!」と復唱して説明する。〔※8〕 「さんじゅわん」の一人に指し示された床の穴「いんへるの」。 そこには数多の人間がひしめき、うごめいていた。 「いんへるの」・・・すなわち地獄だ。
▽8
重太の叫ぶ「さんじゅわんさま」というセリフが全く聴き取れなかった。
追って復唱してもらえたから助かったが・・・

平行して、教会の地下室に安置されていた善次の死体が動き出した。〔※9〕 目の部分が黒く腐りかかっていたようなその死体は棺おけから抜け出し、歩き出した。
▽9
ここでもホラー映画のような、けたたましい音が鳴る。 やれやれだぜ・・・

洞窟に居る稗田たちの前に新吉が現れる。 7歳の彼は両親がなく厳しい人生を送ってきたようで、何やら辛い人生だったとか、みんなは親切だとか、天国は幸せな場所だみたいな事を里美にテキトーに語りだす。〔※10〕
ひと通り語り終えて「いんへるの」へ駆け出した新吉を稗田が捕まえようとするが、なぜか幽霊のようにすり抜けてしまう。 新吉は穴の前に立って両手を広げ、後ろ向きに倒れてダイブしていった。
▽10
この場面で里美の顔がアップになるが、新吉に対して恋愛モノのような表情をしている。
稗田に対しても同様の表情をしていた場面があり、観ていて奇妙だった。 これが藤澤恵麻の演技力だ。

やがて「いんへるの」から人間が群れて浮き上がってきた。 ゆっくりと脈打つように、そして光と共に次第に空中へと浮いてゆく。 そこに死体だったはずの善次が光と共に歩いてきた。〔※11〕 キリストは3日後に復活する・・・彼こそが「きりんと」すなわち「じゅすへる」の子孫にとってのキリストなのだ。
▽11
「いんへるの」の人々が自力で浮き上がってきたところにノコノコと善次がやってきたように見えて、救世主としてのありがたみがなかった。
原作ではちゃんと、善次が「いんへるの」にやってきてから人々が浮き上がってくる。

『おらといっしょに ぱらいそさ いくんだ~』〔※12〕
▽12
原作の「ぱらいそさ いくだ!!」が映画では「ぱらいそさ いくんだ~」になっており、原作ファンには違和感があるし、語感も悪いと思う。
方言としては後者の方が正しいのかも知れないが、長い年月に渡って隔絶された環境で独自に変形した宗教を信仰し続けていた連中が、少々変形した方言を使っていたとすればいいんじゃないだろうか?

善次の妙に爽やかで気の抜けた声と共に「いんへるの」から人々がさらに空中へと浮いてくる。〔※13〕 その中には新吉の顔も見える。 重太は「オラも連れて行ってくだせ!」と叫ぶが、彼は連れて行って貰えない。 なぜなら彼はユダだからだ。〔※14〕
▽13
声は役者とは別の人があてているそうだが、妙に爽やかで気の抜けた声は「嬉しさ」や「喜び」を誤って表現しており、奇蹟のありがたみが減少する。 まるで酔っ払いが「二軒目に行くんだ~」と言っているようだ。

▽14
新吉が入り込んでいるのをみて『重太、飛び付くんだ! 一緒に行けるかもしれないぞ!!』と思ってしまった(笑)。 原作を読んでいてそんな不謹慎なことは一度たりとも思ったことはなかったのに・・・。
『「じゅすへるの一族」にとってのキリストの出現と、その救済』という伝説が、新吉を入れたことで破綻した。

場面は変わって、老婆(草村礼子)と和服の女性(ちすん)。 老婆は「神隠しに遭った子供たちに罪はないので連れて行かないでください」とか何とか祈っている。

場面は変わって、洞窟。 光を帯びて空へと昇っていく善次たちと「じゅすへる」の子孫たち。 洞窟が崩れだす。 「オラも連れて行ってくだせ!」と言い続ける重太を残し、稗田と里美と神父は洞窟の外へと逃げた。〔※15〕
場面が遠景に変わり、山々の中に立つ巨大な光の十字架が映し出された。
▽15
原作では神父が「うそだ! 主はただおひとりだ 悪魔……!」と善次につかみかかろうとして弾き飛ばされて気絶して洞窟と運命を共にするが、映画では無事に逃げ出す。 関係各所への配慮だろうか?(笑) なお、神父の役回りは全編を通してよかった。

場面は変わって、林みたいな場所。〔※16〕 霧の中で昔の服を着た幾人かの少年たちが立っているところに老婆と和服の女性が現れる。 少年たちの中の一人は、はるか昔に神隠しに遭った老婆の兄だった。〔※17〕
▽16
このあたりは場面の転換が無駄に多い。 本題であるはずの「じゅすへるの一族」のクライマックスシーンの腰を折るように「神隠し」の話を挿入するのが映画のリズムを崩しており、観ていて失速感をもたらしてくれた。
また、「光の十字架」を映す時間も短くて感慨にひたる余裕もなかった。 「光の十字架」と「神隠し」とどちらが大切なのかさえ見失うほど製作中に混乱してきたのか? ありがちなヒューマニズムとかメッセージとか無理に語らなくてもいいから。

▽17
そして「神隠し」と「じゅすへるの一族(あるいは、はなれ)」との因果関係や、「神隠し」の目的や関係者などについては、一切が謎のままで終わった。 なんだ、こりゃ?!

場面は変わって、東京(たぶん)。 大学の屋上から都会を眺めながら、里美が「行ってしまった彼らと私たちと、どちらがいったい幸せなのだろうか?」とかありがちなテーマのモノローグが長々と入る。〔※18〕
▽18
藤澤恵麻の演技力では10年早い。

そして街中には、「オラも連れてってくだせ。オラも連れてってくだせ。」とつぶやきながらさ迷い歩く重太の姿があった・・・。〔※19〕
▽19
不死であっても怪力ではないはずだが、崩れた洞窟からどうやって抜け出たのやら(笑)。

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とりあえず、おしまい。

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