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2005.12.01

奇談(キダン)4

映画【奇談(キダン)】の個人的な覚え書き&ツッコミ。 無駄に長い。

原作の概要は、隠れキリシタンの伝説『世界開始の科の御伝え』に興味を持って村を訪れた青少年Aと稗田礼二郎が、伝説の通りに「いんへるの(地獄)」に落とされている「じゅすへる(アダムとは別の、もう一人の人類の祖先)」の子孫たちが彼らのために現れた「きりんと(キリスト)」と共に「ぱらいそ(天国)」へと飛び立っていく奇蹟のシーンを目の前で目撃する』といったお話だ。

そして映画では、氏名不詳の青少年Aに替わってヒロインの佐伯里美(藤澤恵麻)が登場することになった。

_ _ _ _ _

1972年。〔※1〕 民俗学を専攻する大学院生の里美は最近、巨大な穴と少年が登場する不思議な夢に悩まされていた。 やがて里美は16年前の小学1年生の時に東北の渡戸村で少年・新吉と共に行方不明になり、自分だけが戻ってきたことを思い出す。
専攻する民俗学と事件の記憶とを理由に渡戸村へ行く里美。 教会を見て当時の記憶が少しずつ蘇るなか、『世界開始の科の御伝え』なる隠れキリシタンの伝説の調査にやってきた異端の考古学者・稗田礼二郎(阿部 寛)と教会で出会う。〔※2〕
▽1
絶大なる演技力の低さで話題になった藤澤恵麻を起用したのは謎だったが、スクリーンで見る彼女の顔は1970年代前半という雰囲気にマッチしていた。 例えば同じ研究室の友人の方が好みだったが、ちょっと“今風”な顔だ。

▽2
「あの“ヒルコの里”の・・・?!」と驚く里美。 ヒルコ編の映画も作られるのだろうか? それとも沢田研二が主演だった映画を指しているのか?

渡戸村の奥には「はなれ」という集落があった。 村の人々が交流を避けている「はなれ」の住人たちは7歳程度の知能しか持っておらず、不死というウワサもあった。
そんな中、「はなれ」の善次が十字架に磔にされて殺されているのが発見される。 「はなれ」は重太ひとりを残して全員が姿を消していた。

渡戸村では昔から神隠しがたびたび起きていたが、姿を消すのは7歳の少年だという。〔※3〕
村には占い師か何かの老婆(草村礼子)とピアノを弾く謎の和服の女性(ちすん)が住んでいた。 この女性は、里美と少年が行方不明になる時に少し居合わせていたような事がわかっていく。〔※4〕
▽3
「7歳」というキーワードが曰くありげに語られるが、それについての説明が作中でされる事はなかった。

▽4
里美の記憶がだんだんと蘇ってくるというストーリー進行の一要素ではあるが、かなり蛇足。

やがて、里美と共に行方不明になったままの少年・新吉が7歳の姿で現れる。〔※5〕 彼は村人や里美と再会するが、肝心なことは何も語らない。
▽5
神隠しからどうやって抜け出してきたのか、そして何をしに来たのか、よくわからなかった。

『世界開始の科の御伝え』を紐解いていく稗田。 その伝説には「あだん」と「じゅすへる」という二人の人類の祖先が登場する。 「あだん」とは知恵の木の実を食べたアダムで我々の祖先としてお馴染みだが、もう一人の「じゅすへる」は生命の木の実を食べていた。 そして不死となった「じゅすへる」の子孫は神の呪いにより「いんへるの」に引き込まれ、「きりんと」が現れるまで苦しみ続けるという内容だ。
宿に泊まっている稗田と里美。 里美の前に忽然と姿を現しては消える新吉。〔※6〕 怖くなった里美は稗田の部屋に泊めてもらい、一夜を共にする。〔※7〕
▽6
ホラー映画のような、けたたましい音が鳴る。 これはホラー映画じゃないだろうに・・・

▽7
浴衣姿で布団に入る女子大学院生の里美と、それを気にも留めずに文献を読む事に集中している稗田。 ありがちなラブシーンを排したところは立派だ!
その分、稗田(阿部 寛)の入浴シーンでサービスしている(笑)。

「はなれ」を訪れた稗田と里美と教会の神父は、重太を追って洞窟にたどり着く。 洞窟の内部は広い空間で、床には大きく四角い穴が開いている。 その向こうに立つ謎の3人の人物。 「さんじゅわんさま!」と重太が叫ぶ。 続いて稗田が「さんじゅわんだと?!」と復唱して説明する。〔※8〕 「さんじゅわん」の一人に指し示された床の穴「いんへるの」。 そこには数多の人間がひしめき、うごめいていた。 「いんへるの」・・・すなわち地獄だ。
▽8
重太の叫ぶ「さんじゅわんさま」というセリフが全く聴き取れなかった。
追って復唱してもらえたから助かったが・・・

平行して、教会の地下室に安置されていた善次の死体が動き出した。〔※9〕 目の部分が黒く腐りかかっていたようなその死体は棺おけから抜け出し、歩き出した。
▽9
ここでもホラー映画のような、けたたましい音が鳴る。 やれやれだぜ・・・

洞窟に居る稗田たちの前に新吉が現れる。 7歳の彼は両親がなく厳しい人生を送ってきたようで、何やら辛い人生だったとか、みんなは親切だとか、天国は幸せな場所だみたいな事を里美にテキトーに語りだす。〔※10〕
ひと通り語り終えて「いんへるの」へ駆け出した新吉を稗田が捕まえようとするが、なぜか幽霊のようにすり抜けてしまう。 新吉は穴の前に立って両手を広げ、後ろ向きに倒れてダイブしていった。
▽10
この場面で里美の顔がアップになるが、新吉に対して恋愛モノのような表情をしている。
稗田に対しても同様の表情をしていた場面があり、観ていて奇妙だった。 これが藤澤恵麻の演技力だ。

やがて「いんへるの」から人間が群れて浮き上がってきた。 ゆっくりと脈打つように、そして光と共に次第に空中へと浮いてゆく。 そこに死体だったはずの善次が光と共に歩いてきた。〔※11〕 キリストは3日後に復活する・・・彼こそが「きりんと」すなわち「じゅすへる」の子孫にとってのキリストなのだ。
▽11
「いんへるの」の人々が自力で浮き上がってきたところにノコノコと善次がやってきたように見えて、救世主としてのありがたみがなかった。
原作ではちゃんと、善次が「いんへるの」にやってきてから人々が浮き上がってくる。

『おらといっしょに ぱらいそさ いくんだ~』〔※12〕
▽12
原作の「ぱらいそさ いくだ!!」が映画では「ぱらいそさ いくんだ~」になっており、原作ファンには違和感があるし、語感も悪いと思う。
方言としては後者の方が正しいのかも知れないが、長い年月に渡って隔絶された環境で独自に変形した宗教を信仰し続けていた連中が、少々変形した方言を使っていたとすればいいんじゃないだろうか?

善次の妙に爽やかで気の抜けた声と共に「いんへるの」から人々がさらに空中へと浮いてくる。〔※13〕 その中には新吉の顔も見える。 重太は「オラも連れて行ってくだせ!」と叫ぶが、彼は連れて行って貰えない。 なぜなら彼はユダだからだ。〔※14〕
▽13
声は役者とは別の人があてているそうだが、妙に爽やかで気の抜けた声は「嬉しさ」や「喜び」を誤って表現しており、奇蹟のありがたみが減少する。 まるで酔っ払いが「二軒目に行くんだ~」と言っているようだ。

▽14
新吉が入り込んでいるのをみて『重太、飛び付くんだ! 一緒に行けるかもしれないぞ!!』と思ってしまった(笑)。 原作を読んでいてそんな不謹慎なことは一度たりとも思ったことはなかったのに・・・。
『「じゅすへるの一族」にとってのキリストの出現と、その救済』という伝説が、新吉を入れたことで破綻した。

場面は変わって、老婆(草村礼子)と和服の女性(ちすん)。 老婆は「神隠しに遭った子供たちに罪はないので連れて行かないでください」とか何とか祈っている。

場面は変わって、洞窟。 光を帯びて空へと昇っていく善次たちと「じゅすへる」の子孫たち。 洞窟が崩れだす。 「オラも連れて行ってくだせ!」と言い続ける重太を残し、稗田と里美と神父は洞窟の外へと逃げた。〔※15〕
場面が遠景に変わり、山々の中に立つ巨大な光の十字架が映し出された。
▽15
原作では神父が「うそだ! 主はただおひとりだ 悪魔……!」と善次につかみかかろうとして弾き飛ばされて気絶して洞窟と運命を共にするが、映画では無事に逃げ出す。 関係各所への配慮だろうか?(笑) なお、神父の役回りは全編を通してよかった。

場面は変わって、林みたいな場所。〔※16〕 霧の中で昔の服を着た幾人かの少年たちが立っているところに老婆と和服の女性が現れる。 少年たちの中の一人は、はるか昔に神隠しに遭った老婆の兄だった。〔※17〕
▽16
このあたりは場面の転換が無駄に多い。 本題であるはずの「じゅすへるの一族」のクライマックスシーンの腰を折るように「神隠し」の話を挿入するのが映画のリズムを崩しており、観ていて失速感をもたらしてくれた。
また、「光の十字架」を映す時間も短くて感慨にひたる余裕もなかった。 「光の十字架」と「神隠し」とどちらが大切なのかさえ見失うほど製作中に混乱してきたのか? ありがちなヒューマニズムとかメッセージとか無理に語らなくてもいいから。

▽17
そして「神隠し」と「じゅすへるの一族(あるいは、はなれ)」との因果関係や、「神隠し」の目的や関係者などについては、一切が謎のままで終わった。 なんだ、こりゃ?!

場面は変わって、東京(たぶん)。 大学の屋上から都会を眺めながら、里美が「行ってしまった彼らと私たちと、どちらがいったい幸せなのだろうか?」とかありがちなテーマのモノローグが長々と入る。〔※18〕
▽18
藤澤恵麻の演技力では10年早い。

そして街中には、「オラも連れてってくだせ。オラも連れてってくだせ。」とつぶやきながらさ迷い歩く重太の姿があった・・・。〔※19〕
▽19
不死であっても怪力ではないはずだが、崩れた洞窟からどうやって抜け出たのやら(笑)。

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とりあえず、おしまい。

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